<Header>
<Author: 沈佺期>
<Title: 遙同杜員外審言過嶺>
<Format: 格式不明>
<Year: 1965>
<BookName: 唐詩選　下>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 遙（はるか）に杜員（とえん）外審言（ぐわいしんげん）が 嶺（れい）を過（す）ぐるに同（どう）ず>
<BookPage: 42>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 2, 4>
<End Header>
<Poem>
天長地闊嶺頭分，
去國離家見白雲。
洛浦風光何所似，
崇山瘴癘不堪聞。
南浮漲海人何處？北望衡陽雁幾羣。
<End Poem>
<Translation>
天はどこまでもつづいており、地はどれほど廣いか果てしがない。大庾嶺を越えてくると、そこから道は、いくつにも分かれて、流人はそれぞれ行く先が違うことがわかった。國を出て家を離れて、毎日ただ白い雲の飛ぶのを眺めている。
どこか、あのなつかしい洛水のほとりの景色に似たところはないかとさがしながら、行けども行けども、いっこうにそんなところは見あたらない。崇山のあたりは、ひどい不健康地で毒氣がたちこめていると、行くさきざきで聞かされるのも、やりきれない。
このあたりから漲海に舟出して行ったという君は、いまごろどのへんにいるのだろう。ふりかえってみると、これまで南のはてにあると思っていた衡陽も眞北にあたっている。渡り鳥のでさえ、あそこから南へは行かないという囘雁峯のあたり、もちろん遠くて視界には、はいってこない$雁のたよりもとどかないはずといえよう$。君が行きつくはての峯州も、わが落ちゆく先の驩州も、洛陽からは一萬里以上も距離がある。おたがいに、いつになったら、もう一度、都にかえって聖天子にお目通りがかなうことだろう。
<End Translation>
<Formatted Translation>
天はどこまでもつづいており、地はどれほど廣いか果てしがない。大庾嶺を越えてくると、そこから道は、いくつにも分かれて、流人はそれぞれ行く先が違うことがわかった。
國を出て家を離れて、毎日ただ白い雲の飛ぶのを眺めている。
どこか、あのなつかしい洛水のほとりの景色に似たところはないかとさがしながら、行けども行けども、いっこうにそんなところは見あたらない。
崇山のあたりは、ひどい不健康地で毒氣がたちこめていると、行くさきざきで聞かされるのも、やりきれない。このあたりから漲海に舟出して行ったという君は、いまごろどのへんにいるのだろう。
ふりかえってみると、これまで南のはてにあると思っていた衡陽も眞北にあたっている。渡り鳥のでさえ、あそこから南へは行かないという囘雁峯のあたり、もちろん遠くて視界には、はいってこない$雁のたよりもとどかないはずといえよう$。
君が行きつくはての峯州も、わが落ちゆく先の驩州も、洛陽からは一萬里以上も距離がある。
おたがいに、いつになったら、もう一度、都にかえって聖天子にお目通りがかなうことだろう。

<End Formatted Translation>